リーダーインタビュー
今、注目の「栄養療法」について、この世界を牽引する第一人者に伺いました。
患者さんの治ろうとする気持ちが大事。
だから、「人と人」としての
コミュニケーションを取る。
歯科医師 戸原玄さん<第2回配信>
1997年、東京医科歯科大学歯学部史学科卒。同大学院、藤田保衛大学医学部リハビリテーション医学講座研究生、ジョンホプキンス大学医学部リハビリテーション科研究生などを経て、現在は高齢者や在宅における歯科医療のリーダーとして、患者さんに寄り添う革新的な活動を数多く実践中。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会 認定士・日本老年医科歯科学会 認定医・老年歯科専門医・指導医・摂食機能療法専門歯科医師
活動紹介
摂食嚥下、つまり "食べること"、 "飲み込むこと"の問題に対応できる医療資源マップ。医療関係者だけでなく、介護関係者や患者・ご家族など、誰でも住所を入力すると対応可能な医療資源がWEB上の地図から探すことができる。
過去の連載
Q.在宅の患者さんで思い出深いエピソードは?
大切なのは、患者さんと医師ではなく
「人と人」としての関係を築くこと。
訪問診療でも初めのうちは単に歯の治療だけをしていました。ある80代の女性の患者さんで、入れ歯を治して欲しいと依頼があり、本当に入れ歯だけ診て帰ろうとしたら、少し待つように言われたのです。そこで水色の紙が丸まったものを渡されて。開いてみると中身はチョコレートだった。バレンタインデーが近かったのですが、贈り物にすごく驚きました。治療中はその患者さんと意志の疎通ができたり、喋れたり、何かプレゼントできたりするとは思いもしなかったからです。
入れ歯だけ直している自分にほとほと呆れ果てて...。歯科医師といえども患者さんの全体を見る必要があると気付かされました。今ではかならず、喋れるか、動けるか、少しなら歩けるか、なども把握するようにしています。
Q.嚥下困難を改善する患者さんとそうでない患者さんの違いは?
改善の条件が整っていても、気弱になって前向きになれない方もおられる。
条件は整っていても、すべての患者さんが改善できるとも限りません。印象深いのは、脳幹出血と脳梗塞の患者さんで、入院中は歩けるけれど嚥下困難なため唾液も飲めず、胃ろうだった高齢の男性。在宅療養になって往診に行ったところ、自然回復と思われる状態で嚥下も良くなりご飯も食べられるようでした。でも、ご家族は心配で「あれもこれも飲んじゃダメ」と。
少しずつ食べられるので胃ろうを抜くことをお勧めしたのですが、ご本人はまだ弱気で。結局、胃ろうは抜かずに安全な食べ物だけで過ごしています。周りの理解とご当人のお気持ちがないと改善が難しい例です。
患者さんご自身の「良くなりたい」
という気持ちが、大きなパワーになる。
一方、やはり脳幹出血と脳梗塞で手足が麻痺して、入院中「これからは食べる方(嚥下)もダメだろう」と言われて、胃ろうで栄養摂取していた60代の男性がおられました。その方は会社を経営していて、食べられない、喋れないでは困るということで、「良くなりたい」という気持ちが本当にスゴイんです。僕が内視鏡で見た画像のDVD化を求められて、ご本人はそれを見ながら嚥下改善の自主トレーニングをしていました。
やがて嚥下もできるようになって、胃ろうも抜け、電動車いすに乗って仕事へも行かれて。ご自身で努力を重ねることで上手くいった例です。医師としてできる限りのことはしますが、患者さんご自身が改善したいという気持ちがないと、変われないですね。
Q.摂食嚥下に問題がある患者さんに対して、大切にしていることは?
「良くなっていただきたい」と
本気で思っていることが伝わるように。
患者さんの嚥下機能を見に行くというよりも、「その人を見に行く」ことが大切です。後輩たちにもよく「嚥下機能だけ見に行くといろいろな変化に気付けない。そうではなく、その人が前よりも元気になって欲しいと本気で思っていることが伝わるようにしなさい」と言います。たとえば、もし前よりも顔色が良くなかったら、食べる量が少ないからとか、あるいは、愛犬が死んじゃったからとか、その方の様子を気にするということが大切。
患者さんと話していて、ちゃんと目線を合わせてしゃべってくれたり、嬉しそうに話してくれたり、は大丈夫。でも、目線をずらされたり、口ごもられたりする時は、何かうまくできなかったり、やってみたけれど効果がなかったり...。その方全体の雰囲気からいろいろなことがわかります。
歯科医たる者、一発芸か一本締めができた方が良い(笑)
患者さんが良くなるためには医師との信頼関係がとても大切です。ご当人は緊張しているし、こちらがどういう者かわかると安心します。そこで、後輩たちには「一発芸をしなさい。それができなければ、一本締めでも良いから」と言っています。普通、そこまでやる必要はないんだけど、あえて「一肌脱ぐ」覚悟を示せる。
患者さんにリラックスしてもらうと同時に、医師として、治療に対するこちらの本気度をお伝えすることもできるので。また、患者さんと医師とで一緒に改善へ向かう仲間意識の醸成もできる。一発芸をして患者さんから「先生、前より上手くなったね」なんて言われたりして(笑)。こうしたコミュニケーションによって信頼関係を築き、患者さんが治療に前向きになっていただけることを願っています。
※内容は2022年5月取材当時のものです。
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