ニュートリション・ジャーナル
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在宅での経管栄養「栄養療法」を見直す
かつて「管をつけての退院は無理」と思われていた経管栄養患者も、今や自宅や施設での療養は珍しいことではなくなった。今回行われた在宅経管栄養患者についての実態調査(以下、本調査)※では、地域に不足している管理栄養士・栄養士に代わり、訪問看護師らが様々な工夫を凝らしながら経管栄養管理に対応していることがわかった。現場スタッフへの取材を通して浮かび上がった、地域の抱える問題や今後の課題を探った。
※調査主体:ニュートリー株式会社、協力:メディバンクス株式会社により、2019年5月に行われた「在宅経管栄養患者に関する実態調査」。7185事業所中291事業所から、319名の在宅経管栄養患者についての回答を得た(回収率4.05%)
訪問先で、家族と同じ食事を胃瘻から注入できるように、ミキサー食にする方法を指導。写真提供:横山歯科医院院長 横山雄士先生
地域で暮らす経管栄養患者受け入れの広がり
本調査では、在宅でも管理がしやすい胃瘻(PEG)だけでなく、無菌管理が必須の中心静脈栄養、鼻腔や咽頭部の違和感で抜去されやすい経鼻胃管、さらに腸瘻(PEG-J)や食道瘻(PTEG)造設患者も地域で受け入れられており、経管栄養管理の幅が広がってきたことが明らかになった(図1・2)。
経管栄養によるトラブル、訪問看護師の対応は?
在宅での経管栄養管理が一般的になり、受け入れの広がりによって患者も多様化するため、全身状態の改善を目的とした経管栄養が、様々なトラブルを惹き起こすケースも出現する。
本調査では、よくある経管栄養トラブルとして「(チューブ)周囲のスキントラブル」「下痢」「痰量増加」「胃食道逆流」が上位に挙がった(図3)。中でも代表的な消化器トラブルである「下痢(44.3%)」は、本来補われるべき栄養や水分を喪失し、低栄養・脱水の要因ともなりかねないため、何としても避けたいトラブルである。トラブルを重篤化させないためには、原因(表1)を見極めそれに応じた適切な対策を講じることが必要だ。
実際の在宅現場では、下痢の予防ケアとして「食物繊維の付加(便性コントロールにも有効)」や「栄養剤の検討」を行っているのは10%程度に留まり、「整腸剤の使用」で解決しているケースが多い傾向である(図4)。そこで改めて、薬に頼る前に栄養面からのアプローチである栄養療法の意義を考えてみたい。
栄養療法の意義
そもそも栄養療法とは、個々の病態や状況に合わせた適切な栄養管理により、栄養状態や身体機能の改善、体力・免疫力のアップを図り、疾患治療を有効に行うための支持療法である。個々の状況に適切な栄養療法を実施することにより、患者の全身状態の改善、トラブル予防による患者・家族の負担軽減が実現でき、「ときどき入院、ほぼ在宅」を目指す在宅療養を強力にバックアップするはずだ。
消化器疾患や摂食嚥下障害により経口で十分な栄養が摂れない場合は、適切なルートからの経管栄養が選択される(図2)。経管用の栄養剤や濃厚流動食は、病態や個々の機能レベルに適した多様な製品が使われている。推奨量を摂取できれば、1日に必要な各種栄養素がほぼ満たされる配合になっている。
その一方、疾患によって摂取すべき栄養素が変わってくる患者もいるため、在宅で栄養管理を行うには専門知識をもって管理にあたることが必要なケースが多い。
「にもかかわらず在宅での栄養管理は担い手が不在で、ケアプランにも組み込まれないことがよくあります。経口での食事介助には熱心だった介護スタッフが、経管栄養となると "私たちに医療はできない"と無関心になることも少なくありません。その穴を埋めてきたのが、訪問看護師たちだったのだと思います」と我が国の栄養治療のパイオニアの一人である、鷲澤尚宏先生(ページ下部参照)は語る。
地域における栄養管理の実態
奮闘する訪問看護師
「食と栄養」の専門家といえば、管理栄養士が頭に浮かぶが、実際に在宅現場に訪問栄養指導が入っているケースは一部の地域を除いて少ないのが現状だ。本調査でも88.4%が「管理栄養士は介入していない」と回答している(図5)。経管栄養剤の選定においても、57%の訪問看護師が助言・アドバイスをしており、選定の意思決定者も、かかりつけ医師、病院医師に続き第3位であった(管理栄養士は4位)。
本来栄養の専門家が関わるべき栄養管理を訪問看護師が担ってきたのは、密に患者・家族と接している看護師の視点からすれば、納得できる面もある。体調変化により必要なエネルギーや栄養素、投与時に注意すべきポイントは異なる。だからこそ、体調変化の兆候を見逃さず、医学的な視点からその変化の原因を探り、個人的因子や家庭環境も加味して、総合的に対応を判断し生活の場で解決してきた訪問看護師たちの奮闘の歴史、といえるのではないだろうか。
栄養ケア・ステーションの登場
日本栄養士会の取り組みの一つとして注目されているのが、地域密着型の栄養ケア提供拠点、栄養ケア・ステーションである。各都道府県の栄養士会を中心とした同ステーションの他、2018年度より栄養ケア・ステーション認定制度もスタートしている。一定の経験を持つ管理栄養士が在籍し日本栄養士会からの認定を受けた全国136の事業所(2019年4月時点)が、認定栄養ケア・ステーションの統一名称の下、主治医が自宅での栄養・食事の管理が必要と判断した通院困難者の自宅を訪問し、地域拠点窓口として食事・栄養ケアのサポートをしている。
栄養療法を見直そう
専門職種である管理栄養士と在宅がうまく連携することができれば、経管栄養療法においても、栄養素や食形態等多くの情報から最適な手段を提供できる。例えば経管経口併用で「お楽しみ」程度であっても、本人の希望や好み、安全に食べられる食形態など、患者のQOLに配慮した調理や栄養指導の視点が必要だ。トラブルへの対応+αのケアにより患者のQOL改善、さらには減薬などの効果も見込めるのではなないだろうか。
在宅患者の多くは、自宅で生活したいから在宅なのである。経管栄養は「食事」という生活の一部である。ちょっとしたトラブルは病院搬送ではなく地域で在宅生活を続けながら解決したいものである。
「スキントラブル対策としての栄養療法」~創傷治癒対策に有効な栄養素の補給~
スキントラブル対策は、外からのアプローチ(洗浄、保湿、保護、必要な外科的処置、薬剤の使用、創部の除圧など)と共に、内からのアプローチ(栄養状態の改善、創傷治癒対策に有効な栄養素の補給など)を合わせて行うと効果的である。
皮膚の再生を促進させ、脆弱な皮膚の状態を正常に戻していくのに有効な栄養素※を疾患を考慮して補給することは、「褥瘡予防・管理ガイドライン(第4版)2015」に創傷治癒対策として紹介されている(推奨度C1)。
※:亜鉛・アスコルビン酸・アルギニン・L-カルノシン・n-3系脂肪酸・コラーゲン加水分解物(コラーゲンペプチド)
私たちにご相談ください!
栄養ケアの視点に基づくサポートを
有限会社ヒロ薬品 大西 由夏 管理栄養士
大西由夏(おおにし・ゆか)
有限会社ヒロ薬品(東京都江東区)所属の管理栄養士。保険調剤薬局、居宅介護、通所介護事業所の他、訪問サービス事業を行っている同社のケアマネジャーから依頼を受け、訪問栄養指導や通所介護事業所で利用者の栄養ケア(栄養改善サービス)を行っている。
病院勤務時代から栄養管理の重要性を周囲に呼びかけていますが、3年前からは在宅訪問栄養指導にも力を入れ活動しています。経管栄養・経口摂取のどちらでも、病院で指導された栄養管理の内容が自宅でも正しく継続できているのか、必要な栄養量が確保されているのか、不足している栄養素は何か、経管栄養に伴う困りごとはないか、そういう視点を持って訪問しています。
食べること(食事)は、生きるための栄養補給と生活の質(QOL)の向上という大切な面を持つからこそ、本人・家族の意向を最優先に、自宅でどのような生活を送りたいのかを聞き取り、その想いに添った支援を行うことが重要です。
栄養スクリーニング、アセスメントから抽出された問題点を多職種連携で解決し、栄養量の調整、栄養状態の改善、食事療法による疾病の改善を目的に、多彩な栄養ケアを行うのが訪問管理栄養士の役割です。また、その専門性から、不足している栄養素を、どのようにして食事や間食(おやつ)として摂取できるかを考え、本人の生活状況に合わせ、効率的に栄養を摂取できる食品や調理方法などを勧め、栄養状態の悪化を防ぐことができます。
まだまだ地域での管理栄養士の稼働状況には格差があるため、管理栄養士に直接相談できない場合は、まずケアマネジャーや訪問看護師に相談を、と患者家族に伝えています。栄養ケアという視点を在宅スタッフ全員が持ち、さらに地域に管理栄養士が増えることが必要だと思います。
【指導例】
「胃瘻からの液体経腸栄養剤の投与に時間がかかるのですが」
➡︎栄養剤の見直し
・同じ栄養剤で短時間投与できる半固形タイプの紹介
・訪問医に栄養剤の変更について相談するようアドバイス
「脳梗塞後の嚥下障害患者。体重増加を気にして指示した投与量を自分で減らしている。栄養スクリーニングとアセスメントの実施、本人の嚥下機能レベルで食べられる食品の紹介をしてほしい」(訪問歯科医より)
➡︎訪問歯科診療に同行
・本人へ必要栄養量について説明 ・本人が食べたいものの聞き取り
・歯科医による摂食嚥下リハビリを、本人の食べたいもので行う
最適なケアの実現を目指して
横山歯科医院 恋ヶ窪 認定栄養ケア・ステーション
彦坂 陽子 管理栄養士
彦坂陽子(ひこさか・ようこ)
横山歯科医院(東京都国分寺市)恋ヶ窪 認定栄養ケア・ステーション勤務の管理栄養士。在宅患者の主治医から依頼を受け、訪問栄養指導を行っている。
当認定栄養ケア・ステーションは歯科医院付属のため、嚥下障害があり胃瘻栄養と経口摂取の併用の方も多くおられます。経管栄養のケースでも、ご本人の希望に沿った最適なケアの実現を目指して訪問栄養サポートを行っています。
その他、腎不全の方から、食品として購入する病態別栄養剤と処方の栄養剤、どちらが良いのか、経済面も含めた相談を受けたこともあります。「栄養剤の相談をしたいけれど、主治医に何をどう聞いたらよいか分からない」「主治医に直接聞きにくい」という時、「ちょっと栄養士さんに聞いてみよう」というような相談もあり、主治医との仲介役になることもあります。
患者側の希望を踏まえた栄養剤の提案をし、主治医の承諾を得られれば変更となります。
訪問時に受けた相談とサポート内容は、主治医・ケアマネジャーに報告し、異なる事業所であっても関わるスタッフ全員で情報共有しています。
【指導例】
「胃瘻からの栄養剤投与、量が多く胃が張って苦しいんです」
➡︎投与量と投与のタイミングを見直し
・少ない量で必要エネルギーを満たせる高エネルギーの製品を紹介
・胃残の少ない、起床時の投与比率を多くすることを提案
「褥瘡がなかなか治らなくて困っています」
➡︎栄養剤(配合されている成分)の見直し
・タンパク質が不足しているようならタンパク質強化の製品を紹介
・褥瘡の治癒を促進させる栄養素の配合された栄養剤の紹介
「胃瘻からミキサー食を投与したいのですが...」
➡︎食形態調整の調理指導
在宅で活かせるミニ情報
オーダーメイドの栄養管理で満足度の高い在宅生活を
在宅経管栄養患者・家族にとって、経管栄養は生活の一部。生活スタイルがみんな違うように、一人ひとりにオーダーメイドの栄養管理があります。「何とかならないかな」にも「こんなものないかな」にも、在宅に関わるスタッフが情報と専門性を持ち寄って応えたいものです。
こんな受け答えで、満足度の高い在宅生活をサポートできるといいですね!
東邦大学医療センター大森病院栄養治療センター
"鷲澤尚宏先生に聞く"
鷲澤尚宏(わしざわ・なおひろ)
医学博士。東邦大学医学部臨床支援室教授。同医療センター大森病院栄養治療センター部長。
消化器外科、栄養治療という専門分野を通して、日本における栄養サポートチーム(NST)の普及に初期より尽力。
地域の医療・介護スタッフからも頼られる存在。
専門家同士の連携で在宅栄養ケアを支える
急性期病院から療養型の医療機関へ移動する理由の多くが、静脈経腸栄養の管理があることでしたが、介護施設や在宅療養の現場で管理するケースは増えています。経管栄養はカテーテルの部位やサイズによってさまざまな器具を使い、いろいろな名称がつけられています。
比較的多くみる方法は受け入れが良いのですが、見慣れない方法は敬遠されがちです。しかし、特殊な形状の機器が選択された理由は、合併症の予防やご本人のストレス回避など在宅で経管栄養を行うための工夫であることが多いので、是非、勇気をもって携わってほしいものです。
太くて短いカテーテルは投与する食事のバリエーションが広く、管理もしやすいことが多いのですが、細くて長いカテーテルに通すことができるのは液体で詰まりにくい組成の流動食です。これは患者さんの病態に合わせた組成も考慮し、健常人にとってはバランスの悪い献立を考えなければならないこともあります。
これまでその大事なポイントは栄養士に変わって看護師が穴埋めてしてきました。薬剤と比べて顕著な弊害は見えにくいのですが、ゆっくりと影響が及び、まるで加齢変化のように顕著になってきます。この緩徐さが切迫した必要性を生まなかったのですが、この10年間、薬剤師との連携で かつての「お薬調べ」から看護師が解放されたように、栄養のことは管理栄養士や栄養士にリードしてもらうのが自然ですね。
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